久しぶりになりました。治療をやめて1年、仕事を始めて1年がたちました。毎日仕事やおうちでの不満をもらしながら、それでも何とか頑張っています。忙しくてもやっぱり、自分に子どもがいたら、今どんな生活をしていたんだろう、と考えることはあります。でも、夫婦ふたりだからできたこともたくさんあります。この1年で何か変わったことがあったかと言えば…何なのか。
この1年で環境も仕事も人間関係も良くも悪くも変わりました。もちろん楽しいこともたくさんありました。あったはずですが、印象に残るのはもやもやしたことばかりなのはなぜでしょう。。
去年の10月に胚移植をして、結果陰性になり、もうやめようと仕事を始めたはずなのに、まだ凍結卵が2つ残っていると思うと、心のどこかで「まだチャンスがあるのでは」と思うこともありました。でも、仕事を始めて、まず先に「もう病院に通うのは無理だな」と忙しすぎて感じました。仕事に慣れ始めた頃、ちょうど病院から凍結卵の保管期限の延長か廃棄かの連絡がくると、また悩むことになりました。頑張ったのに廃棄するのはもったいないと思う反面、移植してもたぶん無理だし、病院へ通うのは大変だ、仕事どうするかなど考えました。身近なところに相談できる人がいてくれればいいけど、私のような経験をしている人はおらず、夫も好きにしたらという感じ。たぶんどっちかを選んでくれても、私が「え~~」と納得できないのをわかっていて何も言いません。わたしは考えました。どうしたらこの凍結卵を廃棄せず済むのか。どうしたら納得できるのか。
その時は、仕事を1ヶ月休職して、病院に通おう、1回治療に専念できれば、結果が良いものにならなくても納得できるはずだ、と考えました。夫に話すと「いいんじゃない、あっちの(凍結卵を保管している)病院通うなら、1ヶ月あっちの家借りればいいんじゃない?」とリアルな提案をしてくれました。病院には、保管の延長をお願いしました。しかし、現実はそんな勇気も休職したいと言う勇気もなく、あっという間に年末になってしましました。これだけ月日がたつと、自分の病状も悪くなっているだろうし、自分の忙しさを理由に治療しなかったのだから、と諦めモードがさらに強くなっています。わたしの性格がこんなんだから赤ちゃんは授かれなかったのだと、ネガティブな感情…
こんなふうに仕事を一生懸命やりながらも、迷い悩んだ1年でした。他人からの何気ない言葉にもやもやして、この感情を知られたくないがために、作られた表情で乗り切り、ひとりになると、またもやもやめそめその繰り返しでした。でも、夫は前向きで何も言わず、「どっか行こう!」といろんな所へドライブしたり、今年は城崎温泉、嵐山観光、東京散策など旅行もできて、おいしいものもたくさん食べられました。まぁ、夫は自分が楽しみたいだけだと思いますが、いろいろ考えてくれて感謝です。そして、友達ともたくさん会えました。みんな子どもがいて、忙しそうで、わたしの状況も知ってくれていて、複雑な気持ちはあるけど、やっぱり話していると自然に笑えるし楽しいし、また会おうねと言えます。来年も、いろんな所へ行き、いろんな人に会い、自分の嫌な感情を発散できるように過ごしたいものです。

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